ようこそ! ここは、東京の下町「日本橋箱崎町」です。

〜『箱崎町箱四町会ホームページ』について〜

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箱崎町(はこざきちょう)は、東京のど真ん中である中央区に属しています。
旧区名である“日本橋区”に由来して「日本橋箱崎町」を正式な町名としております。
ただ、町内ではもっぱら“箱崎町”あるいは“箱崎”と呼んでいます。

 

中央区立箱崎公園

2011年春にリニューアルされました。
公園の真ん中には皆さんがくつろげる芝生、毎時00分
になると自動で動き出す不思議な噴水、そして定番の
ブランコや砂場など。
夏には、即席の盆踊り会場としても大活躍です!

 

中央区立箱崎公園(〜2010年)

中央区立箱崎公園

囲に巨岩を配した噴水池が公園中央部にあり、
ぶらんこや砂場などの遊具も配置されてます。
木々に囲まれた、都心のちょっとしたオアシス。

 

現在は「日本橋箱崎町」として一つの町となっていますが、
昭和50年までは日本橋箱崎町一丁目、二丁目、三丁目、四丁目、 
そして日本橋北新堀町という五つの区域が存在していました。

 

日本銀行創業の地

日本銀行創業の地日本銀行創業の地の記念碑

日本銀行(日銀)は、 開業当初(1882年(明治15年))の店舗は、
現在の日本橋箱崎町にありました。
1896年(明治29年)に本店を現在の日本橋本石町へ移転されました。
写真の記念碑は、1982年(昭和57年)に日本銀行が
創業百周年を記念して設立したものです。

当時の地番: 東京市日本橋区北新堀町21番地
現在の地番:東京都中央区日本橋箱崎町19番地

日本銀行ホームページ(教えて!にちぎん)より抜粋

 

昭和51年に施行された新住居表示により、これらの地区が合併して新たに
「日本橋箱崎町」が誕生しました。旧町名こそ消えてしまいましたが、
合併後も 昔ながらの町名を残したいという心意気もあって、
「箱崎・北新堀町会」 「箱崎二・三町会」「箱崎町箱四町会」
と、かつての町名を冠した三つの 町内会がそれぞれ自治活動を行っています。

 

北新堀町と箱崎町一丁目〜四丁目
(昭和50年12月まで)

昭和50年までの北新堀町と箱崎町一〜四丁目の地図

江戸時代の問屋や蔵屋敷、大名屋敷などの区割りを、
当時の規模そのままに明治以降に町境としたことで
上図のような町境となりました。

箱崎町箱四町会の管轄地域

日本橋箱崎町19番24〜38号
20番8〜16号、22〜44番

 

また、昭和40年代半ばまでは北側を箱崎川に、東側を隅田川に、さらに西側 を
日本橋川に囲まれた島の様な姿でした。その後、箱崎川が埋め立てられた ことで
お隣の日本橋蛎殻町や日本橋中洲と陸続きとなり、現在に至ります。

その後、埋め立てられた旧箱崎川の一帯には、東京シティエアターミナルと
首都高速道路箱崎ジャンクションが建設されました。
かつての箱崎川の記憶を後生にずっと残すべく、現在もその堤防の一部が 保存されています。

 

旧箱崎川の堤防跡

旧箱崎川の堤防跡

写真下側のコンクリートブロックが堤防跡

 

このホームページは、今箱崎町に住んでいる方はもちろん、かつて箱崎町に住んでおられた方、あるいは
これから箱崎町へいらっしゃる方への情報公開の場として、さらには深川・富岡八幡宮の深川祭に
興味のある方にも観ていただければ、との思いで箱崎町箱四町会が中心となって企画・作成しました。

下町情緒を残しつつ、東京シティエアターミナルから海外へも直結する町として、
今後とも箱崎町をよろしくお願いします。

 

隅田川テラス

隅田川テラス

隅田川の堤防の補強を兼ねて造られた遊歩道です。
かつてはコンクリートの壁が立ちはだかっていた
堤防でしたが、 平成に入って綺麗に整備されました。

周辺の企業に勤める方々の休息場として、あるいは
ジョギング、散歩、サイクリング等々、地域の人々に
愛されるウォーターフロントとして利用されています。

 

 

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